「総統の子ら」皆川博子

ようやく長い出張から帰ってきました。ま、帰ったのは昨日なんだけど、疲れ切って更新もろくにしなかったので、今日から仕切り直し。
さて、今回出張を共にした本は「総統の子ら」と「荊の城」だったのだが、二段組み600ページの大長編ということで、この一冊しか読了できなかった。もっとも仕事の日は忙しすぎてあまり読めなくて、ほとんど電車で移動中に読んだのだが。
ヒトラーユーゲントの上級学校であるナポラの生徒であるカールと彼を取り巻く人たちの群像模様を大河ドラマ風に仕立てたこの小説。前半の耽美で甘美な「ヰタ・セクスアリス」的な展開に反して、ドイツの第三帝国の没落とともにするナチスSSの敗走と、泥沼化してゆく戦場の中でボロボロになって死んでいく登場人物たちが淡々と描かれてゆく。
前回読んだ「死の泉」の、異次元空間にたたき込まれる幻覚のような恐怖感覚は皆無だが、リアルな現実描写が続く後半が、前半の耽美的文章とは対比的で、没落気分がいやが上にも感じられる。
世界中で「絶対悪」として認知されているヒトラーナチスヒトラーへの愛情にも似た忠誠を尽くす青年たちの物語を誠実に描ききった物語だが、日本人が書いて日本で出版されたのだからできた本であって、これがもしドイツ人が書いてドイツで出版されたら...はたして出版されるであろうか?それほどヒトラーナチスを称えているワケではないが「ヒトラー」=「絶対悪」というコンセンサスをはずして描かれた作品はなかなか難しいのではないか?
そんな難しい題材を、よくぞここまで描ききったと絶賛の拍手を送りたい。
物語のラストは「え、これでおしまいなの?」と言いたくなるほどあっさりしたものだが、戦時下における人命などは実にあっさりしたモノなのだという無常観に満ちあふれた読後感を醸し出している。終章ではこの物語を書くきっかけとなった人物との出会いが、作者自身の口から語られる形式になっているが、この終章が果たして実話なのか、作者のフィクションなのか判断しかねる所がある。この辺のぼかし具合が絶妙なのだろうな。多分こういうのを嫌う人も多くいるとは思う。
それから「死の泉」の怪人物「クラウス」がほんのちょっとだけゲストで出てきます。わかった人は「ニヤリ」としてください。

総統の子ら

総統の子ら