つづき

ドアを開けると真っ暗な店内に大音量のレコード(CDではない)がかかっている。とりあえずカウンターに座り、廻りを見渡しつつ、ドリンクを注文する。店内にはレコードが壁一面に配列されている。ふむ、そういう店かと、勝手に納得するが...怪しい雰囲気はぬぐえない。カウンターのとなりを見ると、自分と同年代とおもえる、チンチクリンにヒゲを切りそろえた男が座っていた。どこかで見たことある顔だ...よく考えてみたら...かかりつけの皮膚科の先生だった(当方若干アトピー気味)ありゃ先生こんなところでなにをしているんですかと、野暮にも声を掛けてしまったが、酒を飲んでいるに決まっている。どうやら先生の方は自分が誰だか認識していない様子だ...そりゃ日に何十人と患者見ているのだから当たり前か...「ほらこの親指の傷を縫ってくれたのも、鼻にできたイボを液体窒素でとってくれたのも、先生じゃないッスか〜」とはいえ先方は全く覚えていない様子。そうこうしているうちに自分もかなり泥酔モードになってきてしまった。とりあえず怪しい店内で、知った顔を発見したことで安心したのかもしれない。
「お客さんはどんなのが好きなんですか」とマスターに聞かれたので、すかさず「ブライアン・ウイルソン」と条件反射で答えると、これまた普通にペットサウンズがかかる。あ、そういう店なんだ。
「お客さん、ブライアンが好きなら、いいものありますよ」いきなり振ってくるマスターだが、いいものとはなんだ?「この前のスマイルツアーで日本に来たときの海賊版」そういって出されたCDはどう見てもCD-Rである。会場盗録か?「常連さんが持ってきてくれましてね。お貸ししますから、ココに名前と住所と連絡先を書いてください」いきなりメモをわたされる。モチロン借りたいので、しっかり書いちゃったが、後で変な勧誘とかかこないだろうか?て思うまえに「おお、珍しい物が手に入った」と少々浮かれ気分。
その後、何故か店内でジョニ・ミッチェル(来たね、お約束)の話になって、お客みんなを巻き込んで、マスターのコレクション自慢の話になった。
「見てください、このジョニのカナダ版オリジナルの『ブルー』日本版との違いは何だかわかります?」
いや、全然わからないんだけど...
「ほら、ジャケットさわってみてください。このなんともいえない、オリジナル版だけが使っているボール紙のぼこぼこした手触り。これがたまんないんすよ
....................?................音じゃないの?
とりあえずさわらしてもらったけど、そういうものなのか?「ジョニは歌いいけど、彼女の勘違いっぷりがまたいいんですよね〜」と、取り出されたジャケットは岸壁で全裸の後ろ姿のジョニ。「ほらこういう人だから」それ以上何も説明はいらない。ま確かにジョニの勘違いッぷりは、その楽曲の素晴らしさに反比例する事には賛同できるが(この辺の意見は、また後日に多分書きます)
「お客さんは他になにが好きですか」「ええと、ザッパとか...そういえば今はつぶれちゃったけど、この近所にあった中古屋でザッパが大量に出ていて、かなり買ったよ」「あ、それオレが放出したのですよ」「え?」「ヤッパCDより、オリジナルの原盤が好きなんでして、そういうの集め出したら、CDはいらなくなって売ったんですよ」世間は狭い。そして、かなり深い。そして、とりあえず愉快だった。
数日後、借りた「スマイル海賊版」を返さなきゃならないと思い再訪する。「いや〜先日初めて来たとき、実はこの店に来る前に入った店でちょっとディープな音楽話をしたら、ソコのマスターからこの店を紹介してもらったんですよ」「あ、うちはそういうお客さん多いですよ。お店で手に負えないお客が来ると、みんなココへ回されるんですよ」手に負えないお客....自分っすか?「まるで手におえない患者が集まる大学病院ですね」「失礼な、せめて大学院にしておいてください」どこが違うんだ?意味わかんねえ〜
と、まんまと地元ディープ飲み屋界の陰謀に嵌められてしまった感はあるが、この店の常連になってしまうことは、ほぼ間違いないであろう。ソレはともかく、一番気になったことは、二回目に行ったとき「この前に書いてもらった住所、よく見たら、あの木工屋さんじゃないですか」住所と名前だけで、会社名なんか書いていないのだが、すっかり身元がばれてしまっている。ひょっとして地元では有名なのか自分?うっかり変なDVDをレンタルできないなあ〜と、心配になる(←おいおい)