「渋谷」藤原新也

あまりにできすぎのような話だったので、てっきり小説かと思ってしまったのだが、どうやらノンフィクションのようだ。日本で多分10指に入るであろうガンコオヤジ、藤原新也の話題作「黄泉の犬」を借りたくて図書館へ行ったら、まだ入荷していなかった(書店じゃないって)ので、コレを借りてきた。「黄泉の犬」は、ご存じオウム真理教をあつかった本なのだが、今頃?っていう意見を持つ人もいるかもしれない。しかしコレは時間経過によって風化させるべき事件じゃない。そう、そんな自分も今は村上春樹の「アンダーグラウンド」読書中だし...
また、話が本題からそれてしまった。本書であるが渋谷という日本でも有数の特殊空間に集まる少女達。たき火に集まる蛾、というか、飛んで火にいる夏の虫、というか...家庭に居場所のない少女達が自分の居場所というモノを探して渋谷に集まってくる。「自分の居場所ってのは、割と幻想的なモノであって、ここではないどこかに行けば自分が本当の自分になれる」などというコトなんか絶対無い〜!!なんていう大人の理論なんか、通用しないのだ。
そこで日本一(一番かよ)のガンコオヤジが渋谷に出向いて、彼のアンテナに引っかかった少女達を捕まえて、説教三昧〜!!
ではないです。そんな怪しいテレビコメンテーターみたいなことを藤原新也がするわけないじゃないですか。説教なんかしませんよ。むしろ「観察」しているだけだ。あるいは少女の話を「聞いて」いるだけだ。
主に母親との親子関係を健全に構築(というと大仰だが、要は普通の母娘関係だ)できなかった少女が流れ着く渋谷というイメージがある。考えてみれば自分の年齢がこの少女達より、少女の母親の方が同じなのだから、若い頃とはあきらかに違う見方をしている自分に気がついた。かといって母親擁護などはするつもりは全くないし、少女にも、母とは違い一人の人格を持った人間なのだから、もっと自分自身のことを大切にいて欲しい(正論ぽいコトを書いている自分が、小さな人間に見えてくるなぁ〜)と、まあそんな感想だ。
わけがわからないだって?そりゃそうだ、読んだ自分もなんか訳がわからない。読了後に感じたことはたくさんあるのだが、何だかうまく文章にならないのだよ。
単純に文章的には先日読んだ「空から恥じが降る」よりいい文章だし、読みやすくかなり推敲されているんだなあというのはあるよ。そりゃブログで書き流した文章とはあきらかに違うって。
それにしても、なんて命の値段の安い街なんだろう、渋谷って...
珠玉。

渋谷

渋谷