「冬の鷹」吉村昭

idonokaibutu2007-10-22

ヤッパ吉村昭だよな。
長期出張中で、持って行った小説を全部読んでしまい、思わず近くのブックオフに駆け込み買った一冊。解体新書の翻訳を巡る杉田玄白前野良沢のお話。とりあえず主人公は前野良沢ってところがいかにも吉村昭らしいなあと思った。
確か中学生のころだったけど、国語(ひょっとしたら歴史か)の先生から「解体新書は教科書では杉田玄白が翻訳したってあるけど、実は弟子の前の良沢がほとんど翻訳したんだよ」という話を授業で聞いたことがあった。もし本書のコトが史実に近いとするならば、冗談じゃない。
解体新書は全部前野良沢が翻訳しているではないか!
このへん、今風に言うと実務をやるのが前野良沢でプロデューサーが杉田玄白って所だ。だいたい前野良沢杉田玄白の弟子じゃないし。一体あの中学時代の先生は、何故そんなこと言ったのであろうか。ま、当時生きていた人など誰もいないので、今となっては記録をひもといていって判別するしかないのだけれど。
その点、記録の解析、再構成、そしてエンターテイメントとしても十分通用する小説へと昇華できる作家と言ったら、この人しかいないわけだ。
とはいえ全編を通じての印象といえば、一芸に秀ですぎていたが為に、逆に世事に疎くなり、せっかくの大偉業もいつしか他人の手柄となり、ソレを持ってヨシとするほどの潔い生き方など、現代人には無理だ。てか自分もイヤだ。やはり偉業の達成者は達成者らしくきっちり賛美されるべきだ。
そのへんはまあフィクションがかなり入っているかもしれないけど...このオランダ語の解体新書を翻訳した名声を、そのまんま丸ごと杉田玄白が丸取りしてしまって、前野良沢働き損ってなこともあるだろうが...小説の構成的のはそうはなっていない。
禁欲的求道者な体勢だけが一際目立つ前野良沢。今風に言えばクールであるが、それにしても一世を風靡しまくり倒す杉田玄白との対比は哀れを誘う。
同じく同世代を生きた平賀源内などもちょこっと登場して、その悲惨な生き様が、好対照になっている。良沢曰く「その死に様に、生き様が反映する」(確かこんなだったともうけど、正確じゃないので、ゴメン)といった悲惨な死を迎える源内。人生っていったい何なんだ、というのは過去も現在も、そして未来の人も決して回答を得られる問題ではないのだよね。
少なくとも自分は畳の上(もしくは病院のベッド)で死ねる人生を送ってみたいものだ(←おいおい)

冬の鷹 (新潮文庫)

冬の鷹 (新潮文庫)

たぶんはまぞうでは画像がないと思ったので、写真でとったカバーをのせました。