片目の絵師

 「片目の軍師」といえば山本勘助だが。
 もう旬は過ぎてしまったが「樹木希林網膜剥離で片目失明」実は自分の知り合いにも片目を無くしてしまった人がいる。糖尿病による失明。義眼である。カミングアウトされるまでちっとも気が付かなかった。何せ普通の人と全く同じように自動車の運転をしているからだ。免許書更新時に視力検査とかしませんでしたっけ?片目だと距離感がつかめないから自動車免許は難しいと思ったのだが。本人に言わせると「あんなの大丈夫」だそうだ。そういえば自分も免許書更新の検査では距離感の検査しなかったような...ただの視力検査だったな。もっとも彼の驚きは片目で運転ではないのだ。何がスゴイって、彼は...
 凧の絵師なのだ。
 試しに片目をつむって絵を描いてみて欲しい。絶対かけない。描けないはずなんだ。自分も実験してみた。距離感がつかめないということは、筆先と画面との距離がつかめない。筆が紙に届かない。あるいは「べちゃ」っとなってしまう。これが普通なのだ。なのに彼は絵付けを仕事としている。しかも自分なんかとは比べものにならない見事な筆勢で歴史上の人物を凧に描いてゆく。
 人間の潜在能力というのはすごい。なぜそのようなことができるのか聞いてみたい。いや聞いたところで「できるのだからできる」としか返事のしようがないであろう。天才という人種がいる。端から見て「あの人は天才だ」と呼ばれる人は結構見かける(そうか?)が、本当の天才というのは、ちょっと常識では考えられないくらいとんでもないことを、ごく普通にやっている人のことを言う。その姿があまりにも普通すぎて、近くにいる人には「あの人は天才だ」と認識できない人。例えば、身近にマチスドラクロアやモーッアルトが生まれたときから一緒にいたら、その人が世界的な天才だとは認識できないであろうこと。
 そんな天才に自分も生まれたかった。
 とはいえ身近な天才、凧屋さんは今日もまた、ひょうひょうと実演販売で自慢の凧を売っているのであった。じつは凧作りだけではなくて、口上も実にうまい。
「六角凧にはシッポはいりません。調節の糸を、上を三回、下を二回巻いてください。これは風によってかげんしてください。たったこれだけで良く飛びます(さっとその場で凧を投げ上げる)はい、凧はあがります。家内安全、厄よけ万全。ちなみにうちの凧は冷蔵庫に入れないでください。蛸じゃありません」
 見事です。