「汝ふたたび故郷へ帰れず」飯嶋和一

コレにて図書館にある飯嶋和一はコンプリート。一番最後に読んだ本が、彼のデビュー作。本来ならこれから読み始めるべきなのだが、書架においてなくて書庫の中に保存されていたので、気がつかなかった。こんな時図書館のパソコン検索は助かる。司書さんに言って、書庫から持ってきてもらう。ほとんど誰にも借りられていない様子だった...
さて本書はいままで読んできた飯嶋作品とはかなり違っていた。他の4冊はすべて舞台が江戸時代だが、コレは現代のお話。また他のは三人称でかかれているのだがこの作品だけは一人称で話が進む。彼の文壇デビュー作品ではあったが、作風はまだ未完成。現在の作風になったのは第二作の「雷電本紀」からで、デビュー当時は「沢木耕太郎に影響されてボクシング小説書きました」という感じ。イヤそれが悪いかというと、そうではなくむしろ簡潔にまとめられた「あるボクサーの挫折と再生」の物語を感性豊かに書かれている。自分の場合は順番が逆で「雷電本紀」をはじめとする一連の素晴らしい時代もの作品を最初に読んじゃったために、そのあまりの作風の違いにとまどってしまった。この作品と「雷電本紀」の間にはものすごい表現技術にひらきがあり、この間、飯嶋和一はどのくらいの努力で現在の作家としての地位を築き上げたのか想像する。頭が下がる。
また本作のテーマとでも言うのか「普通よりかけ離れた才能を持つ人間というのは、普通人にとってどういう人間なのか。どういった役割があるのか」本書のこの辺のことが「雷電本紀」へと続く部分なのだ。雷電とは未曾有の災害に見舞われた当時の庶民の行き所のない怒りや苦しみを「相撲に勝つ」ことで昇華していく、いわば庶民の代弁者である。
本書の主人公ボクサーも、彼が通ったジムのある町。その町の人たちはバブルで狂争した地上げ旋風で疲弊しきり、明日へ希望をこの復帰を賭けたボクサーに託す。もちろんボクサーが復帰戦を飾ったとして、彼らの地上げ問題が解決するわけではないのだが...
「かけ離れた才能を持つ人間」偉そうだが、実はそれも無力であり、しかし普通人はそれに希望を託さざるをえない。それでも人は戦いの土俵やリングに立ち続けるのである。

汝ふたたび故郷へ帰れず (小学館文庫)

汝ふたたび故郷へ帰れず (小学館文庫)