「凍」沢木耕太郎

圧倒的な本というのには年に何冊かであえるのだが、この本書はまさにそれにふさわしい内容である。
現在の日本の文壇において沢木耕太郎ほどの名文を書ける人がいるであろうか?この場合の名文とは時代を超えて次の世代が読んでも、ああこれは名文だと理解できる文章を意図的に書ける能力のことを示す。一時代だけの流行文体で終わることなく、何時までも読み継がれていく...平たく言えば学校で推薦される「課題図書」みたいなものだ。これも...というかたとえば同著の「一瞬の夏」なんかは課題図書になってもおかしくない本なのだが...内容を鑑みると無理っぽいが...
名文とそうでないモノを、かなり乱暴に平たく言えば「江戸川乱歩横溝正史」などは名文だが「小栗虫太郎」は悪文だ。
ま、そんな仔細なことはおいておいて....
このとんでもない本書であるが、登山家夫婦が主人公である。とてつもない過酷な山に挑戦して登頂は成功したものの、下山中に、ほとんどいつ死んでもいいような過酷な状況に陥り、そこから生還した顛末を、まるで沢木が観ていたようにリアルに描写するノンフィクションである。
沢木が書いた名作ノンフィクションといえばだれもが「一瞬の夏」を思い出すであろう。確か数年前にこの物語を少年院で読み、感動して、出所後にこの物語の主人公であったカシアス内藤がやっていたボクシングジムの門をたたいた青年がいたという話を聞いたことがあるが、間違ってもこの「凍」を読んで、本書の主人公に弟子入りして登山家を目指すなどという少年などは出まい。
それほど過酷な内容なのだ。
特に自分が感じたのはこの登山家夫婦の夫よりも、妻である妙子夫人の人間離れした生命力にただただ吃驚するのみである。昔の登山で遭難して凍傷にかかり、そのため16本もの手と足の指を切断ということになってしまってる。ソレにもめげず山への情熱は全く薄れることはない。それどころか本書で挑戦することになった山では、ソレにもまして過酷な状況が待っていた。
これはネタバレしちゃいけないので、これ以降の顛末はぜひ読んでください。
そんなに厚い本じゃないから、すぐ読了できます。
登山家とか冒険家とか言われる人たちは、自分など市井の人間とはあきらかに違う作りの人間なのだということをまざまざと思い知らしめる一冊である。ソレもこの調子だと登山家の人生には終わりがないではないか?この調子だと終わりというのは自らの死、すなわち遭難死するまで続くと言うことなのか?あまりに過酷すぎる人生を、ソレがサガだからといわんばかりに生き続ける二人。
「一本のハーケンを打ち付けるために、指が一本ずつ凍傷でだめになっていく」ような、そんな過酷なスポーツがあり得るのであろうか?すでにスポーツではない。即神仏になるべく自らの肉体を差し出す行為に等しい。心に残る名著ではあるが、あまりに過酷すぎる。この過酷な状況が沢木耕太郎の名文でつづられているのである。これが読まずにいられますか。
必読。いいから黙って読め。

凍