「戦艦武蔵」吉村昭
現在世の中は角川春樹製作の「男たちの大和」が大ヒット上映中であるが...こちらは武蔵
かつて沢木耕太郎が絶賛した本。コレと同じように絶賛されたノンフィクションとして「冷血」トルーマン・カポーティがあったが、ソレはかなり以前に読んでいたので、ようやく「戦艦武蔵」を読み終えたぜってな感じだ。
先日読んだ「破獄」は戦時中の刑務所の状況を克明に書いていたが、コレはそんな意味でも好対照にできている。もっとも書かれたのはこちらの方が遙かに昔なのだが。こっちから先に読んでいれば「破獄」の印象ももっと変わった物になってしまったかもしれない。自分的には「破獄」の方がおもしろかった。やはり国家的プロジェクトのノンフィクション小説ともなると、話が大きすぎていまいちピンとこないのだ。もちろんものすごい時間をかけた取材や調査の上でこの「戦艦武蔵」という作品が成り立っていて、それ自体素晴らしい作品であるということを認めた上で...
やっぱり「破獄」の方が...(くどい)
本編はその巨大プロジェクトの立ち上げから武蔵沈没までを描いた作品だが、コレは大和にもよく言われてることだが「時代遅れの『大艦巨砲主義』の行き着いた悲劇」なのだ。長崎の造船所で建設された武蔵は、その存在からして国家秘密なのだが、どう考えても全長300メートル以上ある巨大な戦艦を周辺住民にその存在を隠しながら建設するなんて無理だ。その無理をやってしまえる、ある種狂気とでも言いたくなるような戦時下の状況。建設上の数々の難問を英智を振り絞って解決してゆく技術者達。これだけ言うとまるで「プロジェクトX」なのだが、ソレとは完全に違った物になるのは、ソコまでして建造した巨大戦艦武蔵は、しかし実戦ではほとんど活躍することができないまま撃沈されてしまうのだ。
今更自分のような不勉強な物が過去の大戦をどうこう言うなんて噴飯ものではあるが、それでも、この武蔵という存在は、上意下達が徹底され、上司への批判が不可能な状況下における悲劇である。まさに過去の大戦の日本の状況を皮肉にも象徴している存在であった。
あとがきで、その武蔵が出航していく様子を家の雨戸をこっそり開けて目撃していた老人の話がものすごく印象的である。
「今の話は、誰にも言わないでくれ」当時すでに戦後20年が経っていたというのに、未だ畏怖を覚える戦艦武蔵の姿。「男たちの大和」などといっている場合ではないのだと思うのだけれどもねえ...
と、顔をこわばらせて言った。
私は一瞬、その意味がわからなかったが、
「おれが話したなんていうことがわかると、まずいから...」
と、重ねて言う老人のおびえた眼の光に、私は漸く老人の言葉の意味が理解できた
- 作者: 吉村昭
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/11
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