「虎よ、虎よ!」アルフレッド・ベスター

暖かい人の情けを、胸を打つあつい涙を、知らないで育った僕がなぞのプロレスラー養成期間にスカウトされて、鍛えられた末に覆面レスラーとして世界にはばたいてゆく...話ではない。
SF世界では古典中の古典。名作中の名作。知らないSFファンはもぐりであるといってもおかしくない普及の名作である。なに?知らないだって...ライトノベルばかり読んでいるんだからぁ...ほんとにもう。
ほんと面白いからぜひ読んでくれ。なんといってもこれがはじめて世に出たのが1956年だ。自分が生まれる6年も前の話だ。そんな自分ももうすぐ45になるのだから、ちょっと考えてほしい。自分がはじめてこの本を読んだのが高校三年生の時だ。ちなみにデューン砂の惑星は中学三年生のときに読んだ。関係ないが。君は「加速装置」を知っているか?そうあの日本漫画界の巨匠「石ノ森章太郎」先生の名作「サイボーグ009」で009の特殊兵器ってなんだ?そう!!「加速装置」だ。実はそのものとネタがこの小説だったのだよ。歯にスイッチがあり、それを押すことによって自身を加速状態において活躍する。今の人向けに言うならあれだ「仮面ライダーカブト」の「クロックアップ」だ。これのもとネタこそが実は本書なのだ。どうだ興奮したか!!
...しない?ま、いいや。そのへんはジェネレーションギャップだよな。じゃ君たちは「AKIRA」っていう大友克洋の漫画を知らないか?あの漫画の確か一巻の冒頭に主人公金田の前に火達磨になった金田が現れただろ?そう、それが、その元ネタが本書「虎よ、虎よ!」なのだよ。いいから読んでくれ。
高校三年生だったころ、初めて本書を読んだ時の興奮たら...今をときめく石森章太郎(当時はこうだった)の知られざる秘密を発見してしまったと狂喜乱舞した。今思い返せばただの「元祖オタク」だっただけなのだが。同様に主人公の前にドッペルゲンガーよろしく本人が現れるというのは「スターレッド」(萩尾萌都)でもあったが、その後のSFの定番にもなってしまったが...
ほんとうに寡作だけど、ベスターはいい作品をちょっとだけ残してどこかへ行ってしまったよな...悲しい...この他にベスターの作品といったら「分解された男」(「破壊された男」版もあり)しかない。分解された男も名作SFとして現在にも伝わっているが、なかなか入手困難である。名作といわれている割には、本編の内容より「もっと引っ張る、いわくテンソル。緊張懸念不和が来た〜」というテレパス防御用ソングのほうが有名であり、それだけが一人歩きした状況である。
いかん、ぜんぜん「虎よ、虎よ!」の話なっていない。
つまりSF漫画の黎明期に多大な影響を与えた本であることは間違いないのである。そのことを踏まえて読んでもらえるといい。この他にも「盲目なのだが可視光線を離れた赤外線などが視覚として感知する謎のアルピノ女」とか「核爆発現場に居合わせたために自身が放射性物質となってしまい、5分以上いると相手が死」んじゃう男とか、「宇宙空間で遭難した科学者たちが、独特な原始宗教を信仰しつつその場で文明を構築している種族」とかわけのわからない、それでいてスペキュレイティブな話が満載なのだ。惜しむなくば、あまりにアイディア満載過ぎて一つ一つがこなれきれていない。もったいない。これだけのアイディアがあればあと長編が3、4本んかけただろうに。このころのSFってアイディア惜しみなしだよな...現在でもこれだけアイディア惜しみなしってスタンスの作家はグレッグ・イーガンくらいじゃないか?
今回本書を読んだのは何年ぶりだ、ええと...26年ぶりか。初めて読んだときより感動が少なかったのは仕方がないとして、思い入れのある本書を再び読み返してみたってことに意義があるのではないかとちょっとだけ思ってしまったのである。

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫SF)

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫SF)