世界は陰謀で満たされている 「NHKにようこそ」滝本竜彦

 「木島日記」大塚英志のあとがきによれば「キャラクター小説」の定義とは「アニメ絵な表紙」と「あとがきの存在」なのだそうだ。するとコレもキャラクター小説なのだな、と...
 この世の中には「陰謀」が存在する。
 ある日突然主人公は自分が引きこもりなのはNHKの陰謀なのだと言うことに気が付いた。NHK...N(日本)H(ひここもり)K(協会)である。こんなとんでもない書き出しで始まるこの物語は、ここからNHKと主人公との壮絶なバトルが繰り広げ...られるわけもなく、ただただ引きこもって行くばかりなのだ。
痛い
痛い
 痛くて痛くてたまらない物語が展開されていく。とにかくサイテーサイアクの人間模様。ひきこもりでロリコンエロゲー製作にかかりきりで等身大フィギュアを神と崇め怪しげな合法ドラッグをカクテルしてキメまくるこれ以下はない野郎どもの救いようのない話に大笑い。そしてやがて笑えなくなり、涙がにじみはじめる。もうやめてくれ、わかったからもうやめてくれ。
 昔コレと似たような話を読んだことがある。フィリップ・K・ディックの最晩年のドラッグまみれの廃人状態になりながら書きつづったとしか思えないアノ名作「暗闇のスキャナー」だ。最初に日本で出版されたのはサンリオSF文庫だったから、てっきりSFだと思いこんで読んだ。どっこいコレはSFどころではなくて元祖「ひきこもり小説」だ。主人公はドラッグまみれで頭が廃人同様となり、同じような境遇のクズさん達と共同生活しながらどんどんわけがわからなくなってゆく(あれ、これは「ヴァリス」だったかな?)「暗闇のスキャナー」「ヴァリス」「聖なる侵入」ディック晩年三部作は読んでいる途中で話がごっちゃになり、どれがどの話なのだか訳分からなくなる。
「おいちょっと見てくれ、自転車屋にだまされた10段変速ギアだというから買ったのに、前に二段、後ろに五段、あわせて7段しかないじゃないか、くそ」話の内容はほとんど忘れているが、ナゼかこのセリフだけが頭に残っている。痛いのだ。2+5=7じゃなくて2×5=10なのは小学生にだってわかるのに、ここまで廃人になっているのだ。ドラッグとはここまでに人を落としてしまう恐ろしいモノなのだと、その時まだ若かった自分はそのように思った。
 ちがう、全然違う。
 ドラッグが人間をそのようにしてしまうのではなくて、そのような人間がドラッグを必要といているのだ。
 そんな、気が付いてもしょうがないことを、今更気が付かせられた「NHKにようこそ」これは恐ろしい小説だ。やはり近所の図書館で盗まれてしまったのもNHKの陰謀だったんだ。N(日本)H(本盗み)K(協会)の陰謀だ。そうだ自分がこんなに必死になって働いているというのに、もらうべき賃金がはぎ取られ銀行返済に廻されて年収が30万円なのも、NHK(日本はぎ取り協会)の陰謀だ。そうだ、自分が結婚生活に破綻して、家族崩壊してしまったのもNHK(日本破局協会)の陰謀だったんだ。
 このままで済ますかNHKめ。死ぬ前に一矢報いてやる。普通の攻撃ではキズ一つ付けることのできない巨大組織であることはわかっている。しかし命を懸けた捨て身の攻撃ならおまえ達も無事では済むまい。食らえ(といって体ごとぶつかっていこうとしたとき)しまった!!一体どこへ捨て身攻撃をくわえればいいんだ?敵の本体が見えない。敵の正体が見えない。このまま捨て身攻撃しても犬死にするだけだ。しまった、ヤツラの巧妙な罠。巨大な陰謀システムに深く静かにからめ取られていたのか〜もう自分はだめだ〜沈んでいきます、ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく.....
 と、こんな本です。
 最後は少しだけ救いかなといった感じで終わる。