「ハサミ男」殊能将之

コレは絶対に映画化が不可能だ。
そんなにひどい残酷描写でもあるのかというと、そんなことはない。むしろハサミ男というおどろおどろしいタイトルにしてはおとなしいくらいだ。なぜ映画化不可能かというと、それがこの小説のトリックに関わる重大事に関係するからだ。
連続美少女殺人犯、通称「ハサミ男」は三人目の犠牲者を物色して、いよいよその犯行を実行しようとしたときに、獲物の美少女は何者かによって殺害されてしまう。しかもその殺害方法はハサミ男のそれと同じ「殺害後にハサミを突き立てる」というものだった。鳶にに油揚げをさらわれた格好になり、あまつさえ殺人現場の第一目撃書となってしまったハサミ男は、成り行き上、この偽ハサミ男を探すハメになるのだが...なかなか興味をそそられるあらすじだ。自殺志願者でもある真ハサミ男は何度も自殺未遂をするのだが、何度やっても成功せず、助かってしまう。自殺失敗するごとに現れる主治医を思わせる精神科医はどうも実在していない、ハサミ男のもう一つの人格...つまりハサミ男は解離性人格障害、二重人格でもあった。当然自殺未遂の翌日はアルバイトの出版社を休むのだが、そんな勤務態度にもかかわらず、仕事熱心のアルバイトをさしおいて「キミには才能がある。正社員にならないか」「そんな気はありません」とまあなんかラッキーのようにも思えるのだが、本人にとっては深刻な悩みだったりする。そのへんのハサミ男と世間一般との認識のギャップに結構哀愁があったりして、お気に入りの滝本竜彦をチョットだけ彷彿させられた。よく考えたらハサミ男の方が滝本より先か?
さてそんな青春がかった異常人格哀愁ストーリーの世界観がなじめ始めたラスト間際、いきなりとんでもない展開を始め急速に物語が収束していく。ここへ来てはじめて「そういえばコレはミステリー小説だったんだ。作者からフェアに情報を提供された上で真犯人を推理するパズルなんだった」こう思い出した。それまではかなり屈折した青春小説だと思い読んでいて、真犯人が誰なんて全くどうでもいいとさえ思っていた。しかしここまで急展開で意外な結末になってしまうと、賛否両論渦巻くだろうな。このように青春小説のような体裁のミステリーで文章の中に巧妙にトリックを紡いだ作品としては「時計館の殺人綾辻行人...がある。それよりもさらにトリック仕掛けすぎていて、ルール違反(ミステリにルールがあるとして)ぎりぎりじゃないかと。
自分はコレ反則だと思うぞ。ちょっと頭が固いかもしれないけど...しかし哀愁のハサミ男に免じてヨシとしよう。せっかくここまで青春ぽく話が進んだのだから、被害者の友人とか、喫茶店のマスターとかとの心の交流なんかの描写がもっとたくさんあってもよかったのじゃないかな?もっともそこまで押しつけちゃうと滝本竜彦だか殊能将之だかわからなくなってしまうけど...
結論。この小説を「終戦のローレライ」とい去年読んだ本の中では自分ナンバーワンの後に読むなどということがなければ、この意外きわまりないトリックも「OK全然問題なし」なのだけれど...いかんせん読んだ時期が悪すぎた。ただ、何か気になる作品なので、彼のこのほかの作品をちょっと読んでみようと思う。マイこころ図書館予約済み扱いとさせて頂く。

ハサミ男 (講談社文庫)

ハサミ男 (講談社文庫)