「馬賊戦記」朽木寒三

上下二巻の大長編なので、ようやく読了したという感じなのだが。
ビックリした。ナニが驚いたって、先日読んだ横山光輝の「狼の星座」そのままではないか。狼の星座の後書きには「日本出身で大陸に渡り馬賊の頭領になった小日向白朗をモデルに、あくまでフィクションで作った」とあったが、「狼の星座」はほとんど「馬賊戦記」そのままである。
チョット注訳を入れるとすると「馬賊戦記」の上巻に書かれてある物語、そのままなのである。ってことは、やっぱり小日向白朗は、一時将来将来を誓い合ったように思えた少女、銀鈴(本書では銀鳳)を、略奪婚とは豪族の妾になってしまい、裏切り者ってコトで白朗がピストルで撃ち殺しているんだ、これが。
本当に命の値段の安い時代であった。今の自分にはこの辺がとても想像できない。想像できないなりも長い物語を読み進めているうちに「中国ってそういうものかな〜?」と思えてくる。
そういうものかな?
とりあえず上巻は横山大先生が取り上げたくらいだから、痛快アクション。体ひとつで大陸に渡った白朗少年。もともとはモンゴル経由でドイツまで冒険旅行をしたいという志で日本を出奔したのだが、中国大陸であっさり馬賊の集団に拉致されてしまう。その時旅費としてかなりの額を懐にしまっていたので「こいつはいい人質になる」と馬賊に連れ回されていしまった。しかしどうも金は持っているが、人質としての利用価値はあまりないらしいことに馬賊気が付く。そこで「命が惜しければここで働け」と馬賊の仲間になるのだ。
その後、とんとん拍子に出世するのは「狼の星座」の方がわかりやすいので、そちらをオススメ。
さて、ある程度歳をくった元祖おたく君ならわかるとおもうが、その昔「超時空要塞マクロス」ってアニメがあって(現在でも時たま続編が作られる)そこにでてきた人気中国人歌手(ま、小娘(クーニャン)だよな)が歌う「シャオパイロン」という曲があるのだが、これが実は白朗だ。正確には「シャオパイロン」は「小白竜」と書く。コレは銃の名前だ。この銃は前所持者が「この人物こそは」と思う者に受け継がれていく破魔の銃のコトである。また、ソレを持つ人のことをも称するので、この時この銃を持っていた白朗はおのずと「小白竜(シャオパイロン)」と皆に称されることとなる。
同時にその後大陸でその名を轟かすことになる名「尚旭東(しゃんしゅいとん)」を授かる。
問題は横山マンガにならなかった下巻である。
上巻のラスト。大攪把(たーらんぱ、つまり馬賊の頭領)となった白朗が、やがて各地の大攪把を束ねる長の「総攪把(ちぇんらんぱ)」となりめでたしめでたしなのだが、物語的にはここまでが半分。この後日本は怒濤の日中戦争へと突入していくのが。その波乱の中国大陸で、如何に白朗が活躍していくのかというと....あまり上巻ほどは活躍していない。
上巻での痛快な中国大陸馬賊の活劇とは一転して、スパイというか、ギャングというか、なんかその活動がよくわからないのだ。ある時は抗日の軍団を率いて、その長になる。生まれも育ちもれっきとした日本人なのだが、馬賊にとらえられたときに「自分の母は日本人で父は中国人」としたことが、そのままズルズル信じられた結果だ。本当かどうか信じられないが、その時の抗日運動中に軍団で歌われていたものが、その後の中華人民共和国の国歌になったとか....??
歴史上有名な人物も多数出る。東条英機とか板垣征四郎とか山下奉文とか...特に山下奉文には連戦連敗で苦境に立たされた。その後に馬賊連中に「みんな逃げろ、八路軍と合流して戦え」と指示をだす。八路軍はその後共産党軍と合流するのだから、白朗の抗日団の歌がそのまま中華人民共和国の国歌になったというのも否定できまい。
真偽は本書だけではわからないが....
日本の味方なのか中国の味方なのかサッパリわからない。中国よりのような気もするが、やはり出自の日の丸を見ると心がゆれうごく。うまい具合に自らの心の舵取りもして生きていかなければならない時代だったのだろう。
日本の敗戦後には、余裕で戦犯として逮捕される。ソレまでの白朗の行いを鑑みれば余裕でA級戦犯である。捕まったときは「尚旭東」としてで、中国人なのに日本人の協力をした罪による者であった。そこから白朗の強力な粘り腰が出る。
「自分はあくまで日本人、小日向白朗であり、中国人、尚旭東ではない」と言い張り通し、ついには無罪放免を勝ち取る。
そこでとっとと日本へ逃げればいいものを、そこは長年暮らした中国の行く末が気になる。一体、国民党軍と共産軍のどちらが勝って中国の覇者となるのだろうか?結局国民党軍は破れ台湾へと逃げるのであるが、ソレを見とどけた白朗にも、すでに日本への逃げ道は閉ざされていた。敗戦の日本と中国との国交は当然(その後田中角栄周恩来と会談するまでは)なく、大陸からの脱出は不可能だ。かつての仲間と決死の覚悟で上海から台湾への脱出を計る。
そこで唐突に物語は終わるのだ....
ただ小日向白朗自身はその後日本へ逃げ延び、昭和57年まで生き延びていたことは事実だ。波瀾万丈を言い尽くしてもいい足りない人生。よくまああれだけ人を殺しまくってきて、見事天寿を全うできたと喝采したい。
考えてみればこのころの世界史、特に中国当たりの近代史には、どうも奇妙なタブー感があり、学校でもあまり教わらなかったような気がする。南京大虐殺とか慰安婦問題とかいろいろデリケートだったりするので、なるべくスルーしたいところなのだろう。もっとも歴史という本質を鑑みると、人からどんなに教わったところで、自分なりの歴史観というモノは自分で習得していくしかないんじゃないではと思った。
考えてみて欲しい「正しい歴史はこうだ!!」と人から言われたら、その人が誰であれドンびきしてしまうのが正しい感情である。
自分にできることといったら、この様にチョット心の琴線に触れた歴史書物を、ちょいとひもとく。その上でいろいろ考えようかなあ〜といったユルイ歴史観を構築するって感じだ。
最後になったが、この主人公「小日向白朗」は新潟県三条市の出身。つまりジャイアント馬場が出る前までは、新潟県三条市の郷土の英雄はというと「小日向白朗」なのだ。スゴイ人が地元にいたものだ。

馬賊戦記〈上〉―小日向白朗 蘇るヒーロー

馬賊戦記〈上〉―小日向白朗 蘇るヒーロー

馬賊戦記〈下〉―小日向白朗 蘇るヒーロー

馬賊戦記〈下〉―小日向白朗 蘇るヒーロー